※本記事は、2024年3月15日に発行したTHE EYES 3月号に掲載されたものをベースに、再構築したものです。

 

寄木細工に刺激されて生み出した新技法
伝統と技を次世代が継ぎ、新たな次元へ昇華

玳瑁(タイマイ)という海亀の甲羅から作られ、同じ文様が2つと無い褐色の文様や、あめ色と喩えられるしっとりしたその光沢や艶が大きな魅力でもある鼈甲(べっ甲)製品。
現在は国の伝統的工芸品にも指定されているこのべっ甲製品は、高級メガネフレームとしても古い歴史を持っています。

そんなべっ甲製のメガネフレームを生先している職人の一人に、千葉県市川市に工房を構える㈲松仙べッ甲製作所の松本巖氏がいます。
そして、巖氏が考案したべっ甲を接ぐ技法に「べっ甲象眼螺鈿技法」という作り方があります。
これは、色や柄が違う細かなべっ甲素材をつなぎ合わせて行くことで、まるで寄木細工(箱根の伝統工芸品)のような独特かつ精緻な幾何学模様や、アルファベットのようなイニシャルを、べっ甲製品の柄として表現することを可能としたもの。
巖氏は、この「べっ甲象眼螺鈿技法」を昭和52年(1977年)に考案。
以来、この技法によるべっ甲メガネを唯一作ることができる職人として活躍し、コンクールなどの様々な場において数多くの受賞を果たしてきました。

モデル:Z0224500494 べっ甲象眼螺鈿技法を用いて表現されたテンプルの細かいな柄が美しい

松本仙太郎氏(左)と松本巖氏(右)

巖氏の生家は、墨田区立川で祖父が明治11年に創業した松本仙太郎商店がはじまり。
その後、東京大空襲の時に疎開して今の千葉県市川市に移ったのだということです。
当時は、巖氏の父親である松本茂氏が継いでおり、プレス工法が一般的になっていたセルロイドメガネ作りの時代に、セルロイド生地から一枚一枚を糸鋸で引いて作る手作りに拘ったメガネフレームを作っていたそうです。

しかし、そんなセルロイド製のメガネ製造に対して将来的な限界を感じていた巖氏は、20歳のときに父親に師事しながらべっ甲職人への道を歩み、31歳の時に現在の松仙べっ甲製作所を設立。
翌年には、前述の「べっ甲象眼螺鈿技法」を考案しています。

モデル:Z0109800492 製作途中でキャンセルとなったブローパーツを、テンプルの中に柄として埋め込んでいるのが特徴的

巖氏が「べっ甲象眼螺鈿技法」に取り組むきっかけとなったのは、箱根の伝統工芸品である寄木細工を見て、「同じような模様をべっ甲で作れないものか?」と感じたことだったとか。
技法の考案から47年が経過した今でも、べっ甲製品の中に曲線のパーツや、イニシャルのような線状の模様を入れる作り方は、巖氏とその技を受け継いだ子息さんの松本仙太郎氏にしかできないということです。

独特な世界観の柄をべっ甲フレームのテンプルに表現した製品(作品)を数多く生み出し、“仙翠(せんすい)”の號を印して世に送りだしてきた巖氏だが、今は跡継ぎの仙太郎氏と肩を並べながら、親子でありながらも互いに刺激し合える職人として、共に切磋琢磨しているのだという。

仙太郎氏が手掛けたべっ甲フレームは、2021年8月に東京都美術館で開催された「21世紀アート ボーダレス展 匠TOKYO 」に出品され、べっ甲の部で最優秀賞を受賞。
さらに、2023年月6に東京都美術館で開催された「21世紀アート ボーダレス展 匠TOKYO 2023」にも出品し、べっ甲の部で日本伝統工芸士会会長 戸田敏夫賞を受賞して、べっ甲職人の若手ホープとして注目を集めました。

そんな仙太郎氏は、数年前に巖氏の技をほぼすべて継承し終えているという。
現在は、総鼈甲枠の作製時に左右の玉型サイズや枠の太みの工程で材料にストレスを与えない手作りの方法を考えるなど、べっ甲フレームに工業製品としての緻密さや完成度の高さを付与させる工夫や技法の研究に力を注いでいる。

モデル:O08275001380(総鼈甲枠)
モデル:O08774001420(総鼈甲枠)
モデル:O09195001727(総鼈甲枠)


仙太郎氏が考案したこうした新たな技法の中には、巖氏では再現しにくい手法もあるのだという。
「医療用具としてのメガネフレームにふさわしい、高い完成度をもったべっ甲フレームづくりを追求していきたい」と語る仙太郎氏。
今後は“仙翠”の號を引き継ぎながら、巖氏とは違った新たな独自性を持ったべっ甲フレームを生み出していくことでしょう。

モデル:G01160551B カラー染色したべっ甲パーツを模様として組み合わせてテンプルに表現したモデル
モデル:粋 表面と裏側でズラしてパーツ配置することで、角度によって見える模様が変わる様を楽しむことができる(「21世紀アート ボーダレス展 匠TOKYO 2023」受賞作品)

べっ甲業界では、養殖ウミガメによる甲羅の流通も始まっているが、まだ課題も多いと聞きます。
仙太郎氏のような若手職人が、将来への不安なく活躍していくための環境整備が必要だと感じた取材だった。

 

【企業情報】
■㈲松仙べッ甲製作所

▽住所:千葉県市川市2-20-1
▽TEL:047-325-2166
▽代表:松本巖
▽企業WEBサイト http://www.bekkou.co.jp/